--------

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2015-01-30

月日が経つのが早い。

96年、夏。
月日が経つのが早い。

秀吉様の気まぐれか、何か意図があってことか、ふたたび第五軍団創設。官兵衛、軍団長に就任す。
管轄は前回とほぼ同じ、畿内の一部――。


ええい、これが機会だ。

思いきって、ここで官兵衛、最前線への赴任を画策することにする。


このままでは、結局、軍団長と一般城主の間を行ったり来たりしているだけだからな。


というわけで、どこの前線がいいだろう?


うむ。九州だな。
ここが一番アツい。


さて、そのためには、九州攻めの最前線――中国地方末端あたりの地域を、官兵衛の第五軍団に割譲してもらわねばならない。

そのあたりの城を軍団にもらった上で、官兵衛みずからがそこへ赴任すればいいのだ。
スポンサーサイト
2015-01-29

佐竹義重は処断。

95年、夏。
佐竹義重は処断。佐竹家は滅びる。

官兵衛、あいかわらず内地にとどめおかれ、やることがあまりない。

次の目標は、最上家、となった。

東北か……。
遠いな……。


と思っていたら、すぐに慌ただしく龍造寺家に変更。
九州か……。
これまた遠い。
2015-01-28

となりの高屋城に移される。

94年、夏。
となりの高屋城に移される。

攻略目標は、これまた関東の佐竹家。

佐竹……!
い、いや、なんでもない。

この佐竹、関東では北条に次ぐ大勢力へと、いつの間にか伸びている様子。
北条がしばらく羽柴と戦っていたため、その隙を突いて大きくなった形だ。
が、いまや、羽柴-北条戦役は終結してしまっている。
そんなわけでこの一帯は、羽柴&北条の切り取り次第、という状況になってきている。


とりあえず、佐竹の城を一つ、黒田お得意の調略でもってサクッと寝返らせる。
遠い関東のことでも、黒田にかかれば、これくらいお手のもの。


にしても、もうちょい前線の城にしてもらえんかなぁ……。

軍を出すのがダルくてしかたがない。


戦局が安定するまで、もうしばらく、内地にあって様子を見守るとするか。
2015-01-26

那須家はどうやら、他の軍団が滅ぼしてしまったようで

冬。
那須家はどうやら、他の軍団が滅ぼしてしまったようで、黒田の軍団はまたもや解体されてしまった。
官兵衛、また一城主となる。


そしてこの冬を越えることなく、秀吉様の弟君・秀長様が逝く。

秀長様はずっと中国地方の軍団を統括していて、九州勢と戦ったりしながら、秀吉様を支えてきた。
これで羽柴は大黒柱を失った。
これからどうなっていくのだろうか……。
ほんの少し不安がよぎる。

が、それよりもっと不安なのは、各武将たちの寿命である……w
2015-01-23

「官兵衛を第五軍団長に任ず」

93年、秋。

「官兵衛を第五軍団長に任ず」

秀吉様、どうやら迷走されているご様子である。

さて、この第五軍団。
管轄は河内、和泉、紀伊あたりの一帯だ。
この軍団新設に伴い、細川幽斎殿もまた、紀伊に転封されてきて、麾下に組みこまれた模様。共に頑張ろうぞ。


だが、攻略目標はなぜかあいかわらず、関東の那須家w

しばらく人事は安定しないかもしれない。


……ところで最近、ふと気がつくと、秀吉様が若干、冷たくなっていたりする(友好度が下がっている)。
そのたびに、また友好の使節を送り、「忠節の心、疑いなし」を訴えているんだけど、どうもそのへんのタイミングで軍団長を解任されたり、またそれに返り咲いたりしている感じなんだよなぁ。

どうも、何者かに讒言をくらっている気がしてならん。
石田三成か!!!
2015-01-20

官兵衛の第四軍団はもはや不要ゆえ、解体いたす。

夏。

秀吉様「官兵衛の第四軍団はもはや不要ゆえ、解体いたす。よって、官兵衛の軍団長の任を解く」

秀吉様「官兵衛を岸和田城に転封いたす」


え……ええ~……。


岸和田は、今でいう大阪の近くだ。
ずいぶん遠くまで来たなあ。……というか、逆に、播磨にまた近づいてきたというか。
2015-01-19

秀吉様に御子誕生。

93年、春。

秀吉様に御子誕生。
おそらくこれが、後の秀頼君だと思われる。


関東では、忍者の風魔一族が、羽柴からの独立を宣言。
北条の降伏にともない、彼らもまた羽柴に従属することになったのだが、これをよしとしなかったようだ。

なんだか、不穏な空気が漂いはじめている気がするが……気のせいか。


とりあえず、攻略対象の那須家に対しては、しこしこと使者を送って友好を深めつつ、その裏では降伏勧告をささやきつつ、さらにその一方では徳川家康らを中心とした遠征軍を進発させるという、硬軟とりまぜた外交を展開してみる。

遠方の敵は、とかく面倒だな。
2015-01-18

周辺の城に潜入させていた、例のくのいち「胡蝶のお蔦」。

ここで、ちょっとした事件が。

周辺の城に潜入させていた、例のくのいち「胡蝶のお蔦」。
彼女が、いずこかの忍者と遭遇し、図らずもバトルとなったのである。

勝負は一撃で決した。

敵忍者は、
「何人たりとも死からは逃れえぬ。いずれきさまもこうなるのだ……ぐふっ」
とセリフを残して死んでいった。
くのいち、「ふっ、弱い!」……と言っていたが、いやあ、ヒヤリとした。

プレイ開始時からずっと雇い続けていたくのいちだからなぁ。思い入れもある。
2015-01-14

軍団の再編成が行われる。

92年、冬。
軍団の再編成が行われる。

徳川家康の第五軍団、解体されるw

東海道がまるごと、我が第四軍団に加えられた。
そして家康は、第四軍団麾下の一城主となった。

ま、そういうこともあるさ。
ともに頑張ろうぜ、家康殿!
2015-01-14

さて、この第四軍団である――。

さて、この第四軍団である――。

かつて第七軍団長をやっていた頃、「このへんの地域は後方だから、あまりたいした戦力はいらないな」と転封しまくっていたため、そのツケがここで回ってきて、たいした城主が残っていないw
戦力として数えられる城が少ないのだ……。

清洲城の細川幽斎、犬山城の織田有楽斎。このあたりの城主は、幸い、なかなかの戦力を有している。
北条攻めの際、東海道だけは強化しておいてよかった。

一方、伊勢のあたりは壊滅的であるw


とまれ、攻略を申しつけられた那須家がはるか遠方であることに変わりはない。

さて、どうしたものかな。
他の軍団がやってくれないだろうか(笑)。
2015-01-12

城でのんびりしていると、秀吉様からまたもお呼び出し。

で、城でのんびりしていると、秀吉様からまたもお呼び出し。

「官兵衛を新設の軍団長に任ずる」


ふふふ……。

で・す・よ・ねー。


やはり秀吉様は官兵衛を手放せんのじゃ!


今度は、第四軍団長という肩書き。
与えられた管轄は、名古屋を含む、尾張・伊勢の二国である。
前の第七軍団時代の広大な版図にくらべると、ずいぶんと小さい。が、まあ、これくらいが気楽でいいかもしれない。

ちなみに、空きナンバーだった第五軍団というのも再建され、ここの軍団長には徳川家康が任命されている。
管轄は、東海から中部にかけて。
つまり、家康独立時の旧領が、ほぼそのまま任されているということだな。


まとめると、かつて官兵衛が切り取り次第に大きくしていった第七軍団は、改めて、黒田・蒲生・徳川で三分割されたというわけだ。

ま、そのなかで一番小さいのが黒田なんだけどw


や、そんなに警戒しなくたって、謀反なんかしないよ?
しない……よな?
2015-01-09

さて。一つ、季節が過ぎる。

さて。
一つ、季節が過ぎる。


石川数正、死す。

彼とは徳川戦役のなかで、何度も戦ったものだ。感慨深い。
2015-01-09

「第七軍団はもはや不要ゆえ、解体することにしたのじゃ」

ちょ、秀吉様!
どういうこと!?

「第七軍団はもはや不要ゆえ、解体することにしたのじゃ」

……。

北条が降伏し、天下の半ばが治まったところで、もはや軍師の役目は終わったとでもいうのか……!


わかったぞ。石田三成あたりの讒言だな!
ちきしょう、隠居しちゃろうかな……。くそっ。


そんなわけで、黒田家は、軍団長から格下げされ、ただの名古屋の一城主となってしまったのである……。


ちなみに、これまで第七軍団が管轄していた北陸・中部・東海地方をほぼ引き継ぐような形で新設された新軍団の長には、蒲生氏郷が任命された模様。
まあ、やつなら、つつがなく役目をこなしてくれるだろうよ。

そしてこのとき、秀吉様とお伽衆との間に、「このまま官兵衛に軍団など任せておいたら天下を取られてしまうわ」という戯れ言がささやかれていたかどうかは定かではない……。
2015-01-07

まあ、那須は小大名。

まあ、那須は小大名。
しかも、北条の領地を飛び越えた、さらにその向こうを領している。
ここは一旦、連戦の疲れも溜まった各軍を城に返し、しばらくは休養に専念するとしよう。
那須攻略はのんびりやるさ。

名古屋に帰還し、しばらくはのんびりと休暇を楽しむ黒田家。


そこへ、だ。

秀吉様からお呼び出しがかかった。


ん。何かな。
北条を降伏させた件で、ご褒美でもくれるんだろうか。わくわく。

と、そんな感じで、てくてくと出かけていったところ、こんなお言葉を賜った。


「官兵衛の軍団長の任を解く」


えええええええええ!?
2015-01-06

ここで官兵衛自身、なにやら重大なことをつぶやくではないか。

と……。
ここで官兵衛自身、なにやら重大なことをつぶやくではないか。

「小田原城は弱体化が進んでいるようだ。降伏勧告に応じるやもしれぬな……」

まじか……!

他ならぬ官兵衛自身が言うのである。間違いはないと思う。
さっそく使者を送ってみることに。


一度目の使者は突っぱねられたものの、二度目の使者でもって、北条氏政は降伏を呑んだ。


こうして関東戦役は、意外な形で早期終結を見たのである。

黒田軍はちょうど、小田原のみならず、各地で北条の城を包囲しはじめていたところだった。
氏政もおそらく、ここが潮時と見て、早めの決断を下したに違いない。
大大名・北条は、こうして、関東一円のその領土をほぼすべて保ったまま、羽柴家に従属する形となったのである……。

ここで官兵衛との間に、「降伏の条件は本領安堵。それで間違いござらぬな?」と、村田雄浩のような顔で約定が交わされたかどうかはさだかではない。


さて、黒田第七軍団、次の攻略目標は、関東奥地の那須家となった。
2015-01-05

秀吉様の遠征軍が、長宗我部の本拠を落としたようだ。

秀吉様の遠征軍が、長宗我部の本拠を落としたようだ。

元親は処断。
長宗我部家、滅亡す。

四国戦役は終結し、四国もまた羽柴家のものとなった。


羽柴の天下統一が早いか、我らの寿命が尽きるのが早いか……。

敵はまだまだ各地に残っている。

人気商品

リンク
ピックアップ


人気ブログランキングへ
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ピックアップ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。