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2015-03-30

官兵衛が抜けたまま、戦は続いている。

官兵衛が抜けたまま、戦は続いている。

今度は、龍造寺の軍が西からやってきた。

対するこちらは、石見国人衆が契約期限切れで国元へ帰ってしまったタイミングだったため、兵力がいささか心許ない。
が、ここで、頼廉が恐るべきことを言い出した。
「水軍衆の助けを借りるため、海岸へ敵を誘い込みましょう」

……!
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2015-03-27

開幕一番、まずは先鋒の三隊ともども、いきなり自部隊を一喝。

開幕一番、まずは先鋒の三隊ともども、いきなり自部隊を一喝。
突撃、三段撃ち、槍衾――と、本気モード炸裂。開幕ダッシュで押し切るのだ。

もし、これで押し切れなくても、二の矢、三の矢が陣には控えている。


この作戦が功を奏し、敵は混乱。

さすが鬼島津は手早く混乱を収拾し、逆に頼廉隊への強襲を仕掛けてきたが、左翼と右翼は、長政と小早川殿の攻勢によって早々に壊滅した。

一対三なら、さすがの鬼島津も何もできまい。

しばらく孤軍奮闘を続けていたのは見事だったが、やがて、潮を見て退却していった。

ふー。


翌月、秀吉様から呼び出されたので、もしやまた軍団長解任……とびくびくして赴くと、褒美として軍馬1000頭をくだされた。
2015-03-25

こちらは先鋒に、頼廉、長政、小早川殿を並べる。

さて、布陣である。

こちらは先鋒に、頼廉、長政、小早川殿を並べる。使い惜しみはしない。

頼廉の隊が、前回の戦で消耗しすぎ、士気が回復しきっていないのが痛い……が、やはりこの隊が主軸であることにかわりはない。


開戦。

ふむ、鬼島津が率いるのは足軽隊のようだな。
中央の頼廉が、まずはこれを受け止める。

ちょw 敵に騎馬鉄砲隊がいるじゃないかw
岡吉正……?
雑賀衆の生き残りか?
こんなところでリベンジを図っていやがったのか!

だが、天候は雨。

こちらの鉄砲も使えないが、相手の鉄砲も無力である。
騎馬鉄砲の突撃は、小早川殿の長槍で防ぐとしよう。
2015-03-23

ついに鬼島津こと島津義弘の率いる4000が、小倉城へ攻め寄せた。

ついに鬼島津こと島津義弘の率いる4000が、小倉城へ攻め寄せた。

はっきり言って、鬼島津は強い。
強すぎる。


こちら側で戦上手と言っていいのは、総大将代行を務める下間頼廉に、大谷吉継、それに小早川殿といったところだが、みな、単独ではとても鬼島津には抗しえない。

せめて前田慶次がいれば……。
総大将・官兵衛が離脱していなければ……。
とも思うが、いないものはしかたがない。いないならいないで、これでなんとかやるしかない。

兵数はこちらが勝っている。
将の頭数もこちらが多い。

ここは、その二点をフル活用し、物量作戦で押し切ろうと思う。
2015-03-18

さっそく、鍋島直茂がリベンジマッチをしかけてきた。

さっそく、鍋島直茂がリベンジマッチをしかけてきた。

が、これはまあ、下間の采配にて、辛くも撃退。


南のほうからは、さらに軍勢が攻め寄せてきている。


あ、あの旗印は……。

鬼島津こと、島津義弘じゃないか……!!


こ、これは、官兵衛抜きで戦えるのか……?
2015-03-13

秀吉様との交渉をさらに次へ進めるため

秀吉様との交渉をさらに次へ進めるため、官兵衛はこのまま城に残ることに。

だが、九州・小倉城の防備も、ほったらかしにはしておけない。


官兵衛みずから赴くことはできないが、ここは代わって下間頼廉に黒田軍の統括を任せ、これをふたたび九州に派遣することにする。

今回の編成は、疲弊した前田慶次の隊はお休み。
かわりに、ひさびさに絢たんの出陣となる。
あと、小西行長も。
2015-03-12

なんと、敵の龍造寺隆信が亡くなったというのである。

なんと、敵の龍造寺隆信が亡くなったというのである。

寿命か。


跡は、龍造寺政家が継いだらしい。

これで戦局はどう動くだろうか。


さて、城へ戻った官兵衛。
とりあえず、まずは秀吉様に謁見。
中国地方からもう一城、兵力の多そうなあたりを軍団に譲ってもらうために交渉をするのだ。

評定が開かれ、そして、またも意見はすんなり通る――が、こらこら真田昌幸、しれっとした顔でまた反対してんじゃねーよ! 油断のならないやつだ。


とりあえずこれで、戦力的には、ちょっとは楽になっただろう。

だが、まだ足りない。
守るだけでなく、いずれは攻め返さなければならないのだし。
2015-03-10

このままではジリ貧になるのは目に見えている。

なんとか敵の第一次攻撃をすべて退けた、我が黒田軍。だが、このままではジリ貧になるのは目に見えている。

戦が小康状態となった今がチャンス。
ここはいったん、小早川殿や周防・石見の国人衆たちに陣を任せ、官兵衛自身は戦場を離れることにした。
急ぎ、秀吉様に謁見し、軍団にさらなる力を分けてもらえるよう頼み込むのである――。

と。

官兵衛と黒田軍がいったん高嶺城に戻った、その直後。

急報が届いた。

なんと、敵の龍造寺隆信が亡くなったというのである……!
2015-03-09

その後、いくつかの軍が波状攻撃をしかけてくるが

その後、いくつかの軍が波状攻撃をしかけてくるが、なんとかすべて撃退に成功する。

最終的には龍造寺隆信自身の率いる龍造寺軍本隊までもがやってきて、一時はもうダメかと思った。
が、しかし事前に忍者を用い、情報をつかんでいたのが幸い。
あらかじめ有利な布陣を取ることによって、正面からの押し合いを何とか制することができたのだ。


うむむ、だがしかし、このまま消耗戦を続けていては、いずれこちらの兵力が尽きてしまう……。
2015-03-06

互いに手練手管を尽くしてのめまぐるしい戦となったが

互いに手練手管を尽くしてのめまぐるしい戦となったが、その采配は、わずかにこちらが上回ったようだ。

押しかえし跳ねかえし、一気呵成にたたみかけると、そこで均衡が崩れた。
敵は、あっけなく総退却していった。

さすが鍋島、引き際をわきまえているというところか。
2015-03-05

雨降りしきる平原での戦となった。

雨降りしきる平原での戦となった。


こちらは、中央に総大将の官兵衛、右翼に長政、左翼に前田慶次、という布陣で臨む。

まずは開幕一番。
左翼、前田慶次の騎馬突撃を繰り出す。

中央では、官兵衛と、敵・鍋島直茂とが、互いに三段撃ちを繰り出しての一進一退。

左翼、前田慶次の突撃に対し、敵は長槍隊を繰り出してきて止めようとしてきたので、すかさず下間頼廉の鉄砲隊にこちらも差し替える。

その間、右翼の長政は、終始優勢に、敵の足軽隊に対して戦を進めている。

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