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2015-04-24

この社をしばらく軍勢で囲んでいると、龍造寺側はたまらず

この社をしばらく軍勢で囲んでいると、龍造寺側はたまらず、エース鍋島を送り込んできた。

こちらは、黒田軍単独で迎え撃つ。
小倉の防備も気になっていたため、軍団の他の部隊はあえてやや後方に残してきたのだ。


この戦、前田慶次が優勢に戦っていたところへ、焦った母里太兵衛が勝手に乱入し、勝手にピンチに陥るという珍事が起きたが――まあ、なんとか勝つことはできた。

順風満帆。
本当に、天下統一もこれは間近かな……?


98年、冬。

そんな官兵衛のもとへ、悲報が届いた。
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2015-04-24

九州戦線は、とたんに賑やかになりはじめた。

九州戦線は、とたんに賑やかになりはじめた。
羽柴の大軍が、堰を切ったように四国側から流れ込む。
それを迎撃する、島津、龍造寺の連合軍。
あちこちで戦が展開される。

そろそろ黒田の第五軍団も攻勢に出るときだ。

小早川殿の軍にはいったん引きあげさせ、休息を取らせる。
同時に、官兵衛みずから黒田の直属軍を率い、出陣。
軍団配下の諸軍を糾合しつつ、小倉からさらに先へと戦線を進めることにした。

目指すは、宗像社。

龍造寺に与するこの社を、こちらの支配下に押さえこむのだ。
これまで何度となく使者を送って懐柔を試みたものの、頑として受けつけなかった、硬派な社である。
2015-04-15

九州上陸の橋頭堡として、ひたすら守りつづけてきた小倉城であったが

九州上陸の橋頭堡として、ひたすら守りつづけてきた小倉城であったが、その城主・円城寺なんちゃらが、急に病没してしまった。
連戦によるストレスだろうか。

小倉城は、その配下にいた、新たな者が城主となった。

城井(宇都宮)鎮房である――。


ううむ、粛正しろ、とか言ってこないだろうな……。
2015-04-10

喜んでいたら、妙なニュースが飛びこんできた。

こりゃ天下統一も間近かも……などなど喜んでいたら、妙なニュースが飛びこんできた。

安国寺恵瓊が、謀反の嫌疑によって、秀吉様から追放されたという……。


あの恵瓊殿が?

また石田三成の讒言だろうか(←思い込み)。
秀吉様、耄碌しかけているんじゃないだろうな……。
だ、大丈夫か?
2015-04-09

秀吉様の差配する第一軍団が、四国側からやってきて

なんと秀吉様の差配する第一軍団が、四国側からやってきて、九州へと上陸を始めたのだ!!


東北での仕置きをあらかた終えた秀吉様、どうやらこちらの九州戦線に本腰を入れ始めたらしい。

おっしゃあ!
これで勝てる!!

図らずも、我が黒田軍が敵の攻勢を一手に引きつけていたことで、陽動になったというわけだ。
2015-04-07

いったん小早川殿に陣を預け、黒田軍は自城へと戻り

いったん小早川殿に陣を預け、黒田軍は自城へと戻り、立てなおしを図ることにした。

迫る敵軍は、忍者を使ってなんとか足止め。
うむむ。
こんなので耐えきれるのだろうか……?


と。ここで朗報。

南方のとある島津の一城を、いつの間にか味方軍が包囲している様を目にする……。
こ、これはいったい……?
2015-04-03

金品をばらまいて手なずけておいた水軍衆が、鉄甲船を率い

先に金品をばらまいて手なずけておいた水軍衆が、鉄甲船を率い、海岸まで助太刀に来ているではないか!

勇気倍増!!

水軍衆「頼廉殿、援護しますぞ! 撃てえ!」

どーん!


大砲の援護射撃により、なんとか龍造寺軍を破ることができた。


……が、思ったより、こちらの損害も大きかった。

敵の鉄砲隊がなかなか強く、しかも開幕一番に三段撃ちを畳みかけてきたため――つまり前にこちらが使ったような戦法を逆に使われた――思わぬ苦戦を強いられてしまった。
特に、頼廉隊の損害がでかい。そろそろ連戦に耐えられなくなってきた。

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