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2015-05-13

宗像社を一気に攻め落とす。

宗像社を一気に攻め落とす。

じつは、この社を目がけ、大量の羽柴軍が中国地方より九州へ渡ってこようとしていた。……のだが、彼らの手を借りるまでもあるまい。
ここは黒田の第五軍団のみで充分。

強硬に従属を拒んでいた宗像社も、ついに折れ、羽柴に従った。

これで北九州に、一つ、大きな拠点を得たわけだ。
龍造寺の本拠まで、もはや指呼の間。
もう一度、軍を整えたら、一気に攻めこんでしまおうかな。


と……。


軍を整えようと自城に帰還した官兵衛に、新たな主君・秀頼様からのお呼び出しが。
2015-05-08

官兵衛のもとへ、悲報が届いた。

98年、冬。官兵衛のもとへ、悲報が届いた。

「一大事でございます」
「秀吉様が亡くなりました!」

なん……だと……!?

秀吉様ーーーーー!!!


ああ。
ついに来るべき時が来てしまったか……。

いろいろあったが、秀吉様のもと、天下を夢見る日々は楽しかった。
これまで軍師として仕えさせていだたき、ありがとうございました。そっと去りつつ、背中で男泣きする官兵衛であった……。


羽柴家の跡は、幼い秀頼君が継いだ模様。
亡き秀吉様のため、この秀頼君を守り立て、天下統一の夢を継いでゆこうと心に誓う官兵衛(←ここは大河と違う)。
感傷に浸っている暇はない。これで形勢がどう動くか、油断はならなくなった。
2015-04-24

この社をしばらく軍勢で囲んでいると、龍造寺側はたまらず

この社をしばらく軍勢で囲んでいると、龍造寺側はたまらず、エース鍋島を送り込んできた。

こちらは、黒田軍単独で迎え撃つ。
小倉の防備も気になっていたため、軍団の他の部隊はあえてやや後方に残してきたのだ。


この戦、前田慶次が優勢に戦っていたところへ、焦った母里太兵衛が勝手に乱入し、勝手にピンチに陥るという珍事が起きたが――まあ、なんとか勝つことはできた。

順風満帆。
本当に、天下統一もこれは間近かな……?


98年、冬。

そんな官兵衛のもとへ、悲報が届いた。
2015-04-24

九州戦線は、とたんに賑やかになりはじめた。

九州戦線は、とたんに賑やかになりはじめた。
羽柴の大軍が、堰を切ったように四国側から流れ込む。
それを迎撃する、島津、龍造寺の連合軍。
あちこちで戦が展開される。

そろそろ黒田の第五軍団も攻勢に出るときだ。

小早川殿の軍にはいったん引きあげさせ、休息を取らせる。
同時に、官兵衛みずから黒田の直属軍を率い、出陣。
軍団配下の諸軍を糾合しつつ、小倉からさらに先へと戦線を進めることにした。

目指すは、宗像社。

龍造寺に与するこの社を、こちらの支配下に押さえこむのだ。
これまで何度となく使者を送って懐柔を試みたものの、頑として受けつけなかった、硬派な社である。
2015-04-15

九州上陸の橋頭堡として、ひたすら守りつづけてきた小倉城であったが

九州上陸の橋頭堡として、ひたすら守りつづけてきた小倉城であったが、その城主・円城寺なんちゃらが、急に病没してしまった。
連戦によるストレスだろうか。

小倉城は、その配下にいた、新たな者が城主となった。

城井(宇都宮)鎮房である――。


ううむ、粛正しろ、とか言ってこないだろうな……。

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